慶應義塾大学通信の館

慶應義塾大学関連ニュース

慶應義塾大学に関するニュースまとめサイトです

2012年2月5日 13時33分

誰でも記憶力バツグンに? - 慶応大と筑波大、記憶の仕組みの一端を解明

慶應義塾大学(慶応大)と筑波大学は、記憶が作られ失われるメカニズムの一端を明らかにしたと共同で発表した。慶應義塾大学医学部の柚ア通介教授、筑波大学大学院人間総合科学研究科の金保安則教授らの研究グループによるもので、成果は米国東部時間1月12日に米科学誌「Neuron」オンライン速報版に掲載された。

シナプスを介して互いに結合して神経回路を形成している神経細胞は、神経活動に伴って興奮することで、主要な興奮性神経伝達物質である「グルタミン酸」を放出する。そのグルタミン酸が、ほかの神経細胞に存在するタンパク質「グルタミン酸受容体」に結合することによって、次々と神経細胞の興奮がシナプスを越えて伝達されていくという仕組みだ。

近年の研究によって、学習によりグルタミン酸受容体の数が増減することが脳における記憶の形成と消去過程の基礎過程であることがわかってきた。それにより、シナプスの伝達効率が変化すると考えられているが、グルタミン酸受容体の数が増減する分子メカニズムについてはよくわかっていなかった次第だ。

記憶・学習は、神経伝達効率という分子レベルの変化に変換されてシナプスに貯えられると考えられている。生体から取り出した脳切片や培養神経細胞においても、神経活動を一定期間活発にすることによって、神経伝達効率が長期的に増加=長期増強「LTP」あるいは低下=長期抑圧「LTD」が確認済みだ。例外はあるが、LTPとLTDはそれぞれ記憶形成と消去過程に相当すると推測されている。

また、現時点でLTDが引き起こされる理由として考えられているのが、シナプスにおける情報伝達を司る「AMPA型グルタミン酸受容体(AMPA受容体)」が、「クラスリン依存性エンドサイトーシス」によって神経細胞内に取り込まれることだ。クラスリン依存性エンドサイトーシスとは、クラスリンを骨組みとしたサッカーボールのような、かご構造を形成し、細胞表面のタンパク質などを細胞内へと取り込む仕組みである。

さらに、エンドサイトーシスには、「NMDA型のグルタミン酸受容体(NMDA受容体)」の活性化が必要であることも明らかにされている(画像1)。NMDA受容体は情報伝達にはほとんど関与しないが、神経活動が亢進した時にのみ活性化し細胞内にカルシウムを流入させ、シナプス可塑性を司っていると考えられているものだ。

ただし、神経活動が活発になった後に、どのようにクラスリン依存性エンドサイトーシスが引き起こされるのかについては、これまでまったく明らかにされていなかったのである。


画像1。神経細胞はシナプスによって結合し、神経回路を形成。シナプス前部の神経細胞から放出されるグルタミン酸などの神経伝達物質は、シナプス後部に存在する受容体に結合することによって情報を伝達。シナプスこそが脳における「記憶」の場と考えられている。シナプスに存在するAMPA受容体の数がクラスリン依存性エンドサイトーシスによって減少すると長期抑圧(LTD)が引き起こされ、シナプスにおける伝達効率が長期にわたって低下してしまう

研究グループは、記憶形成において重要な役割を果たす脳の部位の1つである海馬に着目して研究を進めた。マウスの海馬から神経細胞を取り出し、神経活動を一定期間活発にさせると、グルタミン酸受容体の数が低下し、それに伴ってシナプス伝達が長期的に低下するLTDを引き起こすことができる。このモデルを用いて、グルタミン酸受容体が存在するシナプス後部を調査した。

クラスリン依存性エンドサイトーシスはアダプタータンパク質「AP-2」にクラスリンが結合することが必須だ。AP-2は、受容体などが細胞膜から細胞内へ取り込まれる際の装置の1種で、4つのタンパク質からなる複合体タンパク質だ。そしてこのAP-2が集積するためには、一般的に細胞膜上でリン脂質「ホスファチジルイノシトール4,5-二リン酸(PIP2)」が存在する必要がある。

そこで研究グループでは、PIP2を合成する酵素である「ホスファチジルイノシトール4-リン酸5-キナーゼ(PIP5K)」が、LTD誘導時に活性化するのではないかという仮説を立て、研究を進めた。

PIP5Kには、構造が少し異なる3種類のタンパク質(これらをサブタイプと呼ぶ)がある。その内の「PIP5Kγ661(ピップファイブケイ ガンマ661)」というサブタイプが、さまざまな脳部位の神経細胞に発現し、シナプス後部では通常リン酸化されていることが判明した。

マウスの培養海馬神経細胞に、LTD誘導刺激を与えたところ、PIP5Kγ661は急速に脱リン酸化されることも確認。脱リン酸化されたPIP5Kγ661はAP-2と結合しやすくなり、AP-2と結合することによってPIP5Kγ661が持つ酵素活性が高くなったのである。

その結果から、シナプスでPIP2が合成され、逆にPIP2によってAP-2がより集積しLTDを引き起こす引き金となると推測されるに至った。実際にPIP5Kγ661の脱リン酸化やPIP5Kγ661とAP-2との結合を阻害すると、AMPA受容体がエンドサイトーシスされず、LTDも誘導されなくなることが明らかになり(画像2)、神経活動によるPIP5Kγ661の活性制御こそがLTD誘導の引き金として必須の働きを持っていることが証明された。


今回明らかになった長期抑圧誘導の分子機構。NMDA受容体を介したカルシウムイオン流入により活性化された「カルシニューリン」および「PP1」がPIP5Kγ661を脱リン酸化し(1)、脱リン酸化型PIP5Kγ661はAP-2と結合(2)。その結合により。PIP5Kγ661は活性化され局所的な「PI(4,5)P2」を産生する(3)。PI(4,5)P2はAP-2などのエンドサイトーシス分子を集積させ、クラスリン依存性エンドサイトーシスによるAMPA受容体の取り込みが行われる(4)。その結果、AMPA受容体の数が減少しシナプス伝達効率が低下するため長期抑圧がもたらされるという流れだ

今回発見したPIP5Kγ661の機能は、ヒトにもあてはめられると考えられ、ヒトの記憶・学習過程の理解に有用な知見を提供しうると、研究グループでは期待している。また、記憶・学習のキーとなる酵素が明らかになったため、この酵素の活性を人為的に制御する方法が発見されれば、記憶や学習の制御に繋がっていく可能性も考えられている。さらに、将来的にはアルツハイマー病に代表されるような、記憶・学習能力が低下する疾患の治療や、逆に不要な記憶・精神的トラウマの除去といった臨床面への応用も期待されるとしている。


2011年12月13日5時1分
慶大、クッションやソファを簡単に力センサー化する技術開発
慶応義塾大学の稲見昌彦教授らは、クッションやソファなどの軟らかい物体を力センサーにする技術を開発した。小型のセンサーを埋め込むだけで、簡単にセンサーに変えられる。荷重を診断して正しい姿勢を教えるツールやゲームのコントローラー、寝ころびながら頭の位置を変えるのに合わせてテレビの向きを変えるツールなどへの応用が期待できる。


 直径64ミリメートルの球状のセンサーを四隅に埋め込んで力の大きさと力が加わった場所を検出する。球状センサーは光を出す発光ダイオード(LED)と反射した光を受信する受光器で構成。出された光は綿などに当たると、その密度によって光の散乱や戻り方が変わる。この光の反射の仕方で圧縮の程度を判断する。


 位置は複数のセンサーで感知した強度の違いなどで判別する。センサーユニットの信号は無線通信でコンピューターに送られ、信号処理されて位置と力の大きさが表示される。センサーは直径2センチメートル程度まで小型化が可能。


 スポンジや綿でできた柔軟物をセンサー化できるが、ビーズクッションや黒い材料は検知できない。応答性は力を加えるのとほぼ同時で、1秒間に数回たたいた場合でも検出できる。感度のよさはセンサーの配置によるが、1センチメートル沈んだ程度でも検出できた。


 通常の力検出に使われるひずみセンサーは増幅器が必要でコストがかかるが、光センサーは安価で実用化した場合のコスト削減が容易。現在は1カ所だけの圧縮しか検出できないが、今後は複数地点の力のかかり方を同時に検出できるように改良して実用化を目指す。


 成果は科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業ERATO型研究「五十嵐プロジェクト」の一環。
目次